そういえば東日本大震災以後、明らかに癌患者が増加した。被災以前15年間で多数の消化器癌を見つけたが、特に肺腫瘍はわずか2名でいずれも良性腫瘍であった。しかし震災後には多くの癌を発見した。内訳は肺癌4名、肺悪性リンパ腫2名、多発性骨髄腫2名、成人T細胞性白血病(頸部リンパ節腫脹)1名、甲状腺癌1名、胃癌2名、膵臓癌2名、大腸癌2名、胆管癌2名等である。特に肺癌と血液悪性腫瘍の類が多い印象を受けた。
胃癌、大腸癌、膵臓癌などの消化管の癌については福島原発事故との因果関係は不明だが、肺癌、悪性リンパ腫、骨髄腫については何らかの関係がありそうだ。肺癌を発症した患者は喫煙者1名、元喫煙者1名、陳旧性肺炎2名であった。骨髄腫は腎不全を伴って発症したが、もう一人の肺悪性リンパ腫は骨髄腫を伴っていた。成人T細胞性白血病の患者は頸部リンパ節が大きく腫脹していた。甲状腺癌の患者は糖尿病の持病があった。
この内、肺癌3名は震災1~2年後に発症し、1名は4年目に発症した。甲状腺癌は震災3年目に、悪性リンパ腫2名は4年目に発症した。骨髄腫は震災の年に発症しているが腎機能障害は震災前から存在した可能性がある。また消化管の癌は震災以前から存在した可能性がある。ところが肺癌、甲状腺癌、悪性リンパ腫は明らかに震災後の発症である。
私が経験した、これらの症例は母数が少なく福島原発事故との因果関係を統計学的に見出すことは無理であるが、被ばくによる発癌の可能性は否定できない。なぜなら事故により空気中に拡散した放射線の気道への侵入が明らかであるからであるからだ。震災後われわれ避難所にいた人間は福島原発の事故を知らなかった。またその重大さも全く知りえなかった。
停電でTVが見れない。ラジオはあったが震災・津波のニュースと音楽がメインであった。
およそ1か月後に電気が通じTVが避難所に届いて、初めて福島原発事故の重大性を理解した。その間、近くの牧場の牛乳出荷が停止になり避難所で、被爆した牧草を餌にした牛乳を何度か振る舞われた。また被爆したシイタケもよく食べた。われわれは福島の情報が乏しく放射能に汚染された地場産品を高頻度で摂取したのだ。
よく蓄積被爆で年間なんとかシーベルトまでなら安全などと政府やメディアは報じるが、それは慢性暴露(毒性)の話であって急性暴露(毒性)の話ではない。つまり暴露値がわずかでも癌が発症するケースが存在するのではないか。広島や長崎の原爆でも被爆後すぐに白血病を発症したケースもあるが、元気に80歳を超えている方もおられる。すなわち被爆しても必ず癌になる訳でなく、癌を発症することなく長寿を迎える方もおられる。
蓄積被爆も今後の発癌に重要なファクターだと思うが、福島原発事故後の急性被爆で癌を発症したケースも相当数存在するはずだ。特にプルトニウムは分子が小さく肺胞の奥に留まるとされている。肺がんの発症はプルトニウムの影響よる可能性が高いのではないか。また甲状腺やリンパ節など腺組織の癌もまた放射線被ばくの影響を排除できないと考える。
当クリニックのような小規模な医療機関での癌発例数を集めても統計にも値しない。全国の癌センターや腫瘍内科を標榜している大病院で福島原発事故後の癌発症について集計・整理し福島、宮城、北関東と九州や関西などの遠隔地の癌統計と比較し、その結果を発表してほしい。私は東日本大震災の際の福島原発事故による放射能漏れが原因で肺癌や腺組織癌が発症したケースが必ず存在すると考えている。